読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

漫画好きの読書箱

好きな本や漫画のネタバレと感想。

ど根性ガエルの娘 ネタバレ感想 大月悠祐子 壮絶な家族崩壊漫画

国民的ギャグマンガ「ど根性ガエル」の娘・大月悠祐子が描く、壮絶すぎる家庭崩壊漫画「ど根性ガエルの娘」。

ほんわかした絵柄なのに、そこにはゾッとするような父親のDVや屈折した家族の姿がありました。

 

1970年代に少年ジャンプで人気を博した「ど根性ガエル」はアニメ化、テレビCM、各イメージキャラクターにと飛ぶ鳥を落とす勢いで、作者の吉沢やすみ先生の絶頂期でした。

ところがその後、ヒット作を飛ばせずに苦しい時代が続き、次第にスランプの中で妻子を省みない、ギャンブル・DV・失踪、と堕ちていきます。

娘である悠祐子さんは幼い頃から、そんな父親が荒れていく姿をただ見つめることしかできなかった。

 

当時8歳だった娘の視点、そしてボロボロになっていく家族関係。交差する「再生した家族の現在」。

そして・・・「再生」したはずの家族の裏でリアル進行している「隠されていた闇」が明かされる2巻以降。

美談では終わらない、「こんな家族漫画があっただろうか」と誰もが驚く内容です。

頂点からどん底に落ちて壊れていった父親

昭和の時代、デビュー作「ど根性ガエル」で大ヒットを飛ばした父親・吉沢やすみ。結婚し娘と息子も生まれて幸福の絶頂ーーだったはずが以降、ヒット作を出せずにスランプに陥り、原稿を放り出してギャンブルに走り13本の原稿が落ちた。

当時、「締切を破る」ということは今後一切の仕事が来なくなることを意味し、吉沢氏は仕事を放り出しただけではなく妻子も捨てて失踪。それが吉沢家の転落のはじまりだった。

 

失踪した夫を探して、新聞で身元不明者の死亡記事を見つけては警察へ訪ねる妻・文子。幼い子供たちを抱え、途方にくれながらも必死に生きた。その頃父親は、パチンコや麻雀など金がゼロになるまでギャンブルで使い、路上でゴミの山に埋もれて眠る生活を繰り返していた。

やがてふらりと家に戻ったとき、浮浪者のように変わり果てた父親を母は黙って受け入れ、帰ってきたことを喜ぶ。

しかし娘と息子にとって、父親が帰ってきてもそれは以前のような生活が戻ってくるわけではなかった。仕事はおろか無職で収入ゼロ。ほかにすることもなく、家で暴れて壁に穴をあけて金をかき集めてはギャンブルに走る日々。

 

「ど根性ガエル」で得た大金も底を尽き、とうとう妻は夫に告げる。

「あなた、お金がありません。明日食べるお米を買うお金も」

母は父を責めることなく「自分が働きたい」と申し出るが、父は妻が外で働くことを嫌い許さない。家の中にある金目のものを持ち出してなくなるまで遊び続けた。

本当に食事にすら窮する状態になって、ようやく母が看護婦として働くことを黙認するが、職場の付き合いで夜遅くなった母親に父は手を上げた。

仕事放棄で無職の収入ゼロ、ギャンブルにのめり込み財産を使い果たし、子供たちが食べるものまでなくなり、妻が働くのを許せずにDVを加えた。まさに、どん底・・・壊れていく父を、娘は見つめることしかできなかった。

父と母との出会い・ダメンズ好きな母の好み発覚

何十年も前、「ど根性ガエル」でヒットを出していた吉沢氏は、喫茶店で文子に一目惚れし通うようになる。

うなるほど金を持っていた氏だが、身なりに気を使わないタイプなためダサくて汚い服を着ていた。思い切って「電話番号を知りたい」と声をかけた吉沢氏に、文子は「はい」と教えてくれた。

誰がどう見ても、ダサいメンズだった彼にOKしたのは「目がきれいだったから」。文子はキラキラした目をした男性が、悪い人であるはずがない、と信用したのだった。

 

女性慣れしていない吉沢氏と文子は、ピュアなつきあいを続け、文子に見合い話が持ち上がったのをきっかけに彼がプロポーズ。愛に満ち溢れた結婚をした。

文子は吉沢氏が成功した漫画家だと知らず、結婚後に通帳を見て驚くことになる。じつは結婚前、「貧乏な人だから、この人は自分が働いて支えていこう」と思っていたくらいに「ダメンズ好き」な女性だった。

娘の財布を盗むまでに落ちぶれた父親

どん底まで転落した父親は、やがて成長した娘の財布からお金を抜き取ってギャンブルをするようになっていた。

「ゆうこへ。すまん。借りる。必ず返す。父より」

そんな手紙とともに。もちろん、返ってくることはなかった。盗んだことを母親に言うとその金額を返してくれたが、次第に母親もおかしくなっていく。

 

夫には天使のような母親。代わりに娘に背負わされた負のエネルギー

何度も繰り返し、娘からお金を盗む父。けれど、母は娘に「弟が父親を尊敬できなくなったらかわいそうだから、お父さんがお金を盗んだ、というのはゆうこの思い込みだっていうことにしておく」と言い出した。

お母さんと同じ女で、優しい子だからわかってくれるよね? と圧力をかけてくる母親。まったく理解できないながらも母親の精神もギリギリでゆうこは「うん」と言うしかない。

お金を取っていく父親が悪いはずなのに、いつの間にか被害者である娘のゆうこが「我慢しないから」悪いのだ、という構図ができあがっていた。

母は母で看護婦として朝から夜まで働き、崩れ落ちそうだった。夫を責めれば、夫はまた家を出ていってしまう。だからそのうっぷんを愛する夫には向けられず、娘にすべてを向けるようになっていった。

 

弟は自分を守るのに必死で、姉の要領悪さを見ても「姉ちゃんバカだな」としか思えない。

「父さん、あんた家庭をもっちゃいけない男だよ。
ひとりで生きてりゃ良かったんだ」

弟は父親を反面教師に、自立して自分の家庭を築き、家族を大切にする男性に成長していった。

 

けれど逃げ場がなかった娘は、次第に父と母の負のエネルギーを背負わされ、壊れていく。高校生のとき、包丁を握ってすべてを終わらせようとしたことも。

不眠症になり、拒食と過食を繰り返し、就職もせずに引きこもりやがて「漫画家」になりたいとオタク活動をするも、母親に大反対される。

家族の「ゴミ箱」にされていた娘

大人になったゆうこは、結婚して家を出ていくときに母親に言った。

「お母さんは子供のころからずっと、私をゴミ箱にしてきたよね」

わざと「腐った食べ物」を出される日常。お父さんが「悪者」になったら、弟の父親像が崩れるから、お父さんが家に帰ってこなくなるから、と娘に「悪者役」を押し付けようとする母。

 

娘の財布をとっても「とっていない。ゆうこの思い違い」と、娘が悪いことにする父。母に「疑って悪かったと謝りなさい」と土下座させられ、ガタガタ震えて泣くしかなかった記憶。

弟は自分が負のエネルギーを押し付けられる立場にされないよう、姉が理不尽な目に合わされていることを知っていても、知らぬふりをすることしかできない。

娘が「家族のゴミ箱」になることで、この機能不全家族はようやくテレビを見ながら和やかに笑える家庭を取り戻せる。たったひとりさえ我慢して、犠牲になっていれば。

「読んだらシャレにならないからマイルドに描いた」!?

『機能不全家族の再生の物語』

漫画化にあたり、編集者は「あまりひどい話は読者が読みたくありませんから」と告げ、「今現在の家族関係が良好ならよし。いろいろあっても再生した、『幸せ』な家族。『感動の家族再生ストーリー』でいきましょう」と、構成を考える。

商業作品としては、当然だろう。けれども作品づくりの過程でそこに「完全なリアル」は持ち込めない。

最新の15話を読むと、第1巻で描かれている家族像は「読んだらシャレにならないからマイルドに描いた」と言っていいほど、実情はさらにシビアであることがわかる。

 

たしかに、父が荒れていた当時と比べれば「再生」したと言ってもいいほどの温かい家族のだんらんを持てている。昔では考えられなかった父の、孫をかわいがる姿。ギャンブル狂いだったのに、孫の世話で穏やかな顔になっていた。

『昔は荒れて大変だったけれども、今では家族仲良しでハッピーエンド』

フィクションの物語のように、これで締められればどんなに良かっただろう。けれど今まだ生きてる人間にとって、物事はそう簡単にはいかない。「ゴミ箱にされていた娘」の構図は、今でもたまに顔をだす。

 

父を漫画に出すと決めてからの、編集とライターの打ち合わせ。「間違った言葉」でスイッチが入った父は、突然キレて「昔の父」に戻り娘を罵り飛び出す。

少しずつ、「より良い場所」へ向かいつつある家族関係だが、根本は「まだ何も変わっていない」。娘・ゆうこが自分の子供を持ちたがらないのも、「父や母のようになったらどうしよう」という恐れがあるからで、ゆうこ自身あの頃のまま立ち止まっている。

現実の物語は「いつまでも、末永く幸せに暮らしました」で割り切れない。そんな、苦悩を抱えたナマの人間像がとても胸にしみてくる。

 

「ただの美談」で終わらない漫画

正直なところ「ど根性ガエル」を私はリアルで見てないので、シャツにカエルが住み着いている少年の話という認識くらいしかない。大ヒットを飛ばした過去の漫画家が、栄光の末にスランプ、仕事放り出して家庭をないがしろにし、機能不全家族を作り出したお父さん。

第1巻で感動の家族再生漫画の気配を見せながら、第2巻で天使だった母親の娘への陰湿な精神的虐待に近いものを匂わせ、以降の最新話で「まだ終わっていないじゃないか〜!」と、感動の家族団らんを果たした現在がいまだ「現在進行中の黒歴史」であると読者の肝を冷やすミステリー小説を思わせる展開。

 

「感動的なお話だな」と見ていた読者にとって、どんでん返しを感じさせるトリックだと言える。

単純にコミックエッセイと言えない、創作では作り出せない空気感。作者が描いている途中で「胃潰瘍になった」というのもうなづける。もう一度繰り返すが、この物語が抱えている病はまだ「終わっていない」のである。

 

この先、一体どうなってしまうのか。病を抱えた家族のあり方を見守りたい

だからと言って、この両親をただの「毒親」とも片付けられない。漫画で描かれる両親は、もともと愛にあふれるやさしい人たちなのがよくわかる。

父親の吉沢氏は純粋な「漫画バカ」で、真剣に漫画家としてあがきながらもスランプで他者へ救いを求めることを知らず、ひとり苦しみを抱えて壊れていった。

大金を手にしても、彼にとって金は無用の長物でそれにおごるような人物でもない。ギャンブルでの浪費は、むしろ彼が金銭に毒されないまっさらな人間性を感じさせる。純粋な気持ちで文子に惚れこみ、正直言ってかわいらしい男性である。

 

妻である文子もまた、彼と同じピュアな心を抱える天使のような女性。大金持ちだと知らず、「貧乏人」である彼の真心を信じて結婚した。

仕事を捨て、荒れた夫が失踪して帰ってきたあとも温かく受け入れて責めずに自ら働いて夫を養う。驚くべき愛情で、絶対に夫を見捨てずに愛し続ける妻。

結果として、娘を「ゴミ箱」にしてしまったけれども誰にも頼れなかった絶望の中で唯一、甘えられるのは「娘」しかいなかったと言える。

 

吉沢家の人間はみんな「やさしい」。だからこそ、「かなしい」。

家族の負のエネルギーを引き受けて、いまだその影から抜け出せない娘のゆうこさんは、きっとこの漫画を描くことで「本当の家族の再生・病を抱えた家族のあり方」を模索しているのではないでしょうか。

ありがちな「家族の再生ストーリー」にとどまらない「ど根性ガエルの娘」。

今、最も読むべき作品だと太鼓判を押します。

 

>>「ど根性ガエルの娘」試し読み